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消えた高校生

著者 乃阿 一葦  のあ いちい

電子書籍:作品紹介
 塾帰りの高校生が突然この地上から姿を消した。何かの事件・事故に遭遇したのか、神隠しか、霊力に導かれたのか、それとも不可思議な次元の穴に呑み込まれてしまったのか・・

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価格¥315(税込)
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抜粋

 和也の葬儀に出席してから一ヶ月が過ぎた。
 日曜に英数塾の補講に出席した時男は、帰り際自転車置き場で知香に会った。
「あれ、いつから自転車にしたの?」
「今日はバスが休日ダイヤだから、自転車で来てみたの」
 時男はうなずき、先に通りへ出て行った。
「変なこと聞くけどさ、知香は死後の世界は何時限だと思う?」
「さあ・・それは分からないけど、スウェーデンボルグは、この世は、霊界の広大無辺な空間の中に、ぽっかりうかんでいるゴム球のようなもので、ゴム球の周囲は霊界でとりかこまれているっていってるし、ゴム球の中にも霊界はしみこんでる。ゴム球の中だけは、この世の自然界と霊界の二つの世界がともに存在しているって、本で読んだわ」
「ふーん、いや、僕はね、もし瞬間移動のようにして物体が消えることがあるとしたら、消えた物体は、霊界のようなところへ行くのか、それともまったく別のところへいくのかっていうようなことを考えてるんだ」
「時男君も面白いこというわね。どちらにしても、この地球をふくむ広大無辺な空間の中での出来事のような気がするけど、同じ場所にあっても、見えないってことだってあるから」
「それ、知香、どういう意味?」
「私がいうのは霊の話だけど、そこに死者の霊がいても見えないしぶつかりもしないってこと」
 時男は一瞬ブレーキをかけて自転車を止めた。
「知香おどかすなよな。もしかして、知香には霊体が見えるのか?」
知香も自転車を止めてふりかえった。
「・・以前にもいったけど、私には、霊感がないのよ」
「知香にとってはスウェーデンボルグの世界で、僕にとっては異次元の穴だな」
「異次元の穴って?」
「この地球上に次元の穴みたいなのができて、ある瞬間に条件がそろうと、その穴にのみ込まれる」
「この日本でも?」
「そう、地上の空間で、ある条件がそろえば、そんなことが起こるかもしれないと思うんだ」
 二人は、そこで別々の道へ分かれていった。
 知香と別れた時男は、ふと、いつもと違う道を通って帰ってみようと思った。そこで、ふだん通ったことがない横道へと自転車を進めた。
 乗用車一台が通れるほどの道は、住宅が並ぶ間をゆるやかに下っていたが、途中から傾斜が急になった。下りきった辺りから道は二つに分かれ、一方は急な上り坂になっていた。
 時男はブレーキをかけないで下りきると急な坂道へ自転車を向け、途中から思い切りこぎ始めた。右側の切り立った土手はコンクリートの高い壁でおおわれ、舗装された道は右に大きくカーブしていた。
 急な上り坂をぐるっと曲がると、突き当たりに養護学校の看板が目に留まった。休日だったから、門の向こうの校庭に人の気配はなかったが、そんなところに養護学校があることに時男は驚いた。
 自転車を降りると、時男は養護学校の横の石段を、自転車を引いて下り始めた。すると、ヤマブキやタイサンボクが生えている土手の先に、“あずま耕地遺跡”とかかれた看板が立っていた。
 石段を下りきると、古墳時代の方形周溝墓が草むらの中にあり、縄文時代の落とし穴の周りに綱がはりめぐらされていた。
 こんな所があったなんて・・。時男は不思議な気持ちでつぶやいた。
 左手のずっと下方に人家が見えたが、数メートル先からにわかに竹林になっていて、“東部緑地公園入口”という看板が立っていた。
 時男は自転車を押して、竹林の間のでこぼこ道を上がっていった。上のほうは風が吹いているのか竹の葉がザワザワ鳴り、見上げると、うっすらと暗くなった空に絹雲が広がっていた。
 時男はくねくねした道を、少し息を切らせて上がっていったが、竹林の向こうに広がる小山の斜面を見た時、ふいに以前に来たことがあるような妙な気持ちになった。
 と、その時、どこからともなくいい香りが漂ってきた。時男は自転車を横たえ、その山の公園へ歩いていった。
 小山の頂上には休憩所の小屋があり、そこからリフトのようなロープが山の斜面に沿って下のほうまで走っている。
 時男の目の前には、木馬や、トンボ、バッタ、カタツムリなどの形をしたカラフルな乗り物が、滑り台のまわりに配置されていた。
 数メートル先の地面に目をうつすと、そこにクチナシの花がいっぱい並んでいた。いい香りはそこからかな・・。時男は、草をまたいでそこへいき、純白の六弁花に鼻先を近づけた。
「さあ、暗くなるからそろそろ帰りましょう」
 突然声のしたほうを振り返ると、いつの間に来たのか、トンボの乗り物にまたがっていた男の子の手を引く、美しい母子の姿があった。
 肩まで伸ばした髪の母は、時男のほうに少し頭を下げ、男の子の手を引いて竹林の間の道を下りていった。時男はふいをつかれた気持ちで、美しい母子の姿を追っていた。
 ふとわれに返ると、辺りはほの暗くなり、小山のところどころに常夜灯がともっていた。
 時男は頭上一メートルぐらいのところを走っている金属製のロープを見上げていたが、意を決したように小山の斜面を登り始めた。左手の竹林がザワザワ鳴り、野鳥のキーキーなく音が突き抜けていった。
 頂上の丸太作りの小屋まで行くと、時男は大きく背伸びをして腰を下ろした。縄文時代の落とし穴があった“あずま耕地遺跡”は、竹林の陰で見えなかったが、ずっと下方に人家の明かりが見えた。時男はその景色をいつか見たことがあるような気がしたが、それ以上記憶をたどることができなかった。
 時男は立ち上がり、そこに掛けられているはしごを登った。荷物を掛けて運ぶことがあるのだろうか。そこに鉄のリールがついていて、釣り針形の金具が下がっている。
「よし!」と声をかけ、時男は金具を両手で握った。
 と、その時、小山の下から砂煙を起こしながらつむじ風が吹き上げてきて、竹林が激しくざわめいた。いつの間にか下のほうに白い靄が立ち込めている。
 すると、時男の胸の中に何か不思議な感情がこみ上げてきた。
「えい!」
 時男は強くはしごをけった。リールのきしる音がして、時男の体が宙にぶら下がった。と思うと、一気に下方へ滑りだした。
 どんどん加速して、あっという間に靄のかかった滑り台の上まで行った。時男は手を離すタイミングをなくして、着地場所に迷って体をねじった。
「あっ!」
 リールが外れ、頭から下の石段に激突するというおそれで体を丸め、頭の中は完全に空白になった。


書籍データ

  • ページ数:86p
  • 原作:書籍
  • 出版:でじたる書房
  • データ形式:でじブック形式
  • おすすめ度:★★★★★

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