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『北越女人戦記』第一部 長尾虎千代の巻 甲冑の美少女

著者 横山茂彦  よこやましげひこ


電子書籍:作品紹介
 戦国最強の武将とされる上杉謙信はその生涯において妻帯せず、古くから謎の多い人物とされてきた。とくに八切止夫氏の労作によって女性説が広く知られる。

 本編は八切説の検証と数年におよぶ一次史料の精査をもとに、従来の上杉謙信像をくつがえす女性武将としての真実にせまる。律儀な「義の聖将」とされてきた上杉謙信の実像は、江戸時代に捏造された軍記書を排し、直筆書状や上杉家文書を読み込むことでまったく別のものとなった。史料を知りたい方は本編の別巻として『上杉謙信女性説について』を併せて購読されたい(近日上梓の予定)。

 なお、本編は二千枚超の大河小説につき、各巻の章ごとに各300円で提供する予定です。

【総目次】

第一部 「甲冑の美少女」        (長尾虎千代の巻)
第二部 「疾風怒濤編」          (長尾景虎の巻)
第三部 「川中島永禄四年」       (上杉政虎の巻)
第四部 「関東三国志」          (上杉輝虎の巻)
第五部 「軍神編」             (上杉謙信の巻)
別  巻 「上杉謙信女性説について」  (論文)


■著者紹介
他の筆名で著書に『美人捜査官』シリーズ(二見書房)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『池波正太郎が愛した宿』(夏目書房)など多数。

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価格¥315(税込)
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  • 抜粋

    (抜粋)

     越後きっての猛者である父為景と病弱ながら少壮気鋭の兄上が、長尾一門の行く末を案じ語らっている頃、ふたりの弟たちは妹の屈強さに息を切らしていた。

    「待て、お虎! 氷を投げるのは卑怯ぞ」

    「兄上、戦の武器に卑怯も何もないではありませぬか! 投げられたら投げて返せばよいこと。それっ!」

    「うわっ……!」

     お虎こと虎姫は、全身をそらすように振りかぶって氷塊や雪玉を投げつけてくるのだった。
    「それそれ、十郎殿! 敵が逃げるところを討ち取れぇ! もはや雪玉なければ、詰めは氷のかたまりで首を押し取れ! やあやあ、敵を追い詰めよ!!」

     などと、氷塊を片手にふたりの兄と近習たちが逃げるのを追いかけ、甲高い声を枯らしているのだった。

    「もはや、これまでですぞ! 兄上様たちは切腹されるがよい。十郎殿、弥太郎! 兄上たちの介錯を」

     と、妹が兄たちに氷塊を突きつける。

    「わかった、わかった。われらの負けじゃ、多勢に無勢」

    「もはや、身を捨て名を惜しむ覚悟じ……。いざっ!」

     二の丸の土塀に追い詰められたふたり兄たちは、雪の上に座って切腹の真似をするのだった。

    「兄上様たちにあらせられては、天晴れな御最期……。この虎も、感服しました」

    「……」
    「では、つぎは櫓に立てこもっての合戦をしましょう! こんどは私の兵を少なくしますので、兄上様たちは十郎殿を大将に攻めてきなさい。城に立てこもる私の兵は弥太郎と平兵衛、与八郎のみでよい。弥太郎、櫓の物見台に矢と鑓を用意しろ!」

    「はい、御大将」

     と、小島弥太郎※が勇んで駆け去った。

    「矢を、使うのでござりますか……? 本物の鑓を?」

     十郎が驚いた顔で弥太郎を見送っている。虎姫のことを御大将と呼ぶ大柄な小島弥太郎という小姓が、少年たちの中では脅威なのかもしれない。

    「お虎……、矢は危ないぞ」

     などと、上の兄の景康も顔をこわばらせるのだった。

    「怖ければ、兜を使うがよいではありませぬか。胴丸もありますぞ。こなたへ」

     などと言いながら、彼女は二の丸櫓の武器庫に少年たちを案内するのだった。城下に敵が陣を敷こうとしている情勢で、開け放たれたばかりの武器庫だった。

    「このように、鑓は鞘をしてますので危なくありません。矢はそれ、鏃が付いてないものを使いましょう」

    「怒られませぬか、晴景様に」

     と、近習の者たちが畏まった。

    「火矢を使わぬかぎり、兄上様は黙って見過ごしてくれます。父上様も、武士の子は生傷があるのは当たり前と言われますよ」

     などと虎姫は各自に矢と鑓を持たせて、自分も胴丸を身につけるのだった。

    「胴丸はこのようにして着けるのじゃ。身体を通してから、紐を締めるのです」

     と、得意そうに言う。

    「なれど、虎姫殿は女子でしょう。わが母上様は、私の妹たちに薙刀を教えることはあっても、矢を持たせたことはありません」

     十郎がそう言うと、虎姫はしたり顔で答える。

    「いったん戦になれば、女子も男もありませんぞ。首を討つか討たれるかじゃ。それに、この私は女子ではない! わたしは武士なのじゃ、十郎殿!」

     古志の十郎がむくれるように返した。

    「虎姫殿が、武士ですか?」

    「十郎様!」

     と、虎姫の近習たちが顔をこわばらせた。

    「だって……、虎姫殿にはチン×ンがないではないか!? 昨日の夜、わしは湯殿でしっかりと見たぞ。虎姫は女子じゃ。わが妹と同じで、チン×ンがなかったぞ! 女子のくせになにが武士じゃ」

     その言葉に、虎姫が十郎をにらみつけた。

    「もう一度、言うてみよ!! 十郎殿!」

    「まて、お虎!」

     カッとなった虎姫が、十郎に組み付いたのだった。幼い娘とは思えない力で十郎を組み敷くと、小さな拳で頬を殴打する。

    「弥太郎! 太刀をこれに。無礼な十郎殿の首を討ち取る!」

    「やめよ!!」

    「もう合戦遊びは終わりじゃ、お虎!」

     ふたりの兄の手で、虎姫は腰を抱え上げられていた。

    「放せぇ、兄上様!」

     すぐに虎姫が暴れて、兄たちが蹴飛ばされる。彼女は十郎の首根っこを掴んだまま、手を放さないのだった。

    「に、二度と言うな、十郎殿!! わたしは武士じゃ、女子ではないぞ! 二度と姫などと呼ぶな」

    「わかった、わかった。もう十郎殿の首を放せ、お虎!」

     と、景康が彼女の腕をつかんだ。

    「む、むぅ……」

    「放してくれ、お虎殿……。姫などと、二度とは言わぬ」

     という十郎の言葉で、虎姫は手を緩めたのだった。

    「御大将、もはや和議にござります。古志の十郎様は、わがお味方です。どうか……」

     と、小島弥太郎も鑓をうち投げて平伏する。

    「それ、もう風が冷たくなってきたぞ、屋形内に入って戦雛で遊ぼうな、お虎。十郎殿もわが父上様と兄上様への新年のご挨拶、まだでしょう?」

     優しい兄たちの言葉に、ようやく虎姫は怒気を静めるのだった。

    「……。十郎殿には、あいすまぬことを……。なれど、わたしのことを二度と姫とは呼びますな。さあ、屋形内にまいりましょう」

     などと十郎を起き上がらせて、彼の衣服に付いた汚れを払うのだった。

     伺候する近習の者たちはおろか、家中の武士たちにも自分を姫君と呼ばせない長尾虎千代姫殿、弱冠六歳にならんとする新春のこと。

     越後の海からの寒風に紅をさす頬のいただきだけが、少年たちの中で少女らしい輝きを見せている。

    ※小島弥太郎=小島一忠。虎姫(のちの謙信)の馬廻り衆(旗本)で、鬼小島弥太郎として軍記物語に描かれている。史料的には『甲陽軍鑑』などの軍記書にしかなく、実在性に疑問はあるものの、飯山市曹洞宗英岩寺に墓所があり、長岡市龍隠院は弥太郎が中興したと伝わる。同じく曽根平兵衛と戸倉与八郎も、謙信幼少時の近習として軍記物語に登場するが、この両名も実在が確認できない人物である。いずれにしても弥太郎を抜きに物語を進めるのは難しいので、本編においても主要登場人物とした。


    (抜粋)

     鑓を構えて宿直の武士を追い出した虎姫は、興奮した顔でさらに少年たちの覚悟をうながす。

    「篝火を炊け。いざとなったら、火を放って屋形を焼き尽くす!」

    「火を放つ……?」

    「心配するな。火を放って寄せつけぬ策じゃ」

     そこに、兄の景康と景房が駆けつけてきた。

    「何をやっておる!? お虎、宿直の兵を追い出したそうではないか」

     軍装した少年たちを見て、景康が顔をこわばらせた。

    「いったい何のつもりじゃ? このようなこと、戯れごとでは済まされぬぞ」

    「景康様、景房様! わが御大将は、先の御屋形様と合戦のお覚悟にござります。おふた方にも、お覚悟ありませ!」

     などと、弥太郎が櫓の上から叫ぶ。

    「合戦じゃと!?」

    「そうです」

     鉢巻きを締めながら、虎姫が言った。

    「兄上様たちも胴丸を着けてください。父上はこの私に、上田に嫁に行けと言いました。父上は武士の約束をたがえたのです。武士に二言あるは許すべからずこと。このうえは、一戦をまじえて討ち死にの覚悟です」

    「討ち死に……? 何のことじゃ、もう……。バカなことを言うな、お虎」

    「これから決戦の軍議を開きます。吉江景資、屋形の扉を閉めよ。皆の者はこれに!」

     虎姫が軍配代わりの団扇を手にすると、少年たちが駆け寄って円陣をつくった。

    「おそらく明日の朝は、守役の金津新兵衛あたりが軍使として来るでしょう。わたしの婚儀の約束がくつがえされないかぎり、われらはこの二の丸屋形に籠城するのみ。兵糧がなくなるまで、武士の意地をとおすのじゃ!」

    「ははっ」

     と、少年たちが平伏する。

    「御大将! 籠城策はよいとして、下田長尾の屋敷に押し入るは如何に? 下田の藤景殿は屋敷内に人質を多く抱えておりますので、容易に攻め入ることかないましょう。藤景殿の兵は少なく非力です。敵の弱き処を突くのが兵法なれば」

     などと、年かさの近習吉江景資が献策した。

    「人質をとるか……。うむ、考えておこう。景資が言うとおり、戦であれば人質をとるなど徹底的にやるがよし。なれど、まずは一戦あってのことじゃ。櫓から半弓を射れば、本丸の土塁まではとどくが、明日は矢盾を狙うのみにとどめよ。抜刀して屋形内に殴り込んでくる者あらば、遠慮なく腕を射抜け」

    「まて、お虎っ! お前、本気で戦をするつもりなのか!?」

     と、景康が顔をこわばらせた。

    「どうしても戦ごっこがしたいのなら、吉江景資など元服した者は外に出せ! 小四郎と弥太郎はともかく、景資らは元服した身なのだぞ。もしものことあれば、父上から切腹を仰せつかることになる。俺と景房も同じじゃ。ものごとをわきまえよ、お虎」

     道理のある兄の叱責に、虎姫も黙らざるをえなかった。

    「藤景殿の屋敷に討ち入るなどは、もってのほか!」

     少年たちが黙りこむのを見て、姫君殿は大将として采配する。

    「では、吉江景資のほか、元服した者たちは外に出よ。兄上様たちも、そんなに合戦が怖いのなら、わが本陣から出られませ。出る者は追わぬ! われらは玉と砕けて死ぬのみです」

     と、最後はむくれたように言うのだった。

    「そうではない、お虎。お前の気持ちはわかっておる……。じゃが、城外に援軍のない籠城策は最悪なのじゃ。俺たちが外で、父上を説得してみるわ。兵糧も運び込んでやるゆえ、屋形に火をかけるなどはするなよ。よいなっ!?」

    「はい……、よしなに。兄上様たちには、後詰めの陣をお願いします。者ども、櫓の護りを固めよ!」

     かくして幼い謀叛の軍議は、一決したのだった。

    ※盟約する政略結婚=綾姫が上田長尾の政景に嫁し、のちに仙洞院殿となったのは史実である。また『系図纂要』には、同時期に「長尾晴景の妹」を加地春綱に嫁さしめたとあるが、これによって加地氏が長尾一門衆となった確実な史料はみとめられない。本編では、この「長尾晴景の妹」を虎姫と比定した。その傍証として、江戸期の編纂史料ながら『上杉家付書上』に、謙信(ここでは虎姫)が加地春綱に養子に出されることになったにもかかわらず、これを嫌って父為景の怒りを買ったと記されている。この記録からも謙信(虎姫)を「長尾晴景の妹」とする合理的な理由を見出せる。


    書籍データ

    • ページ数:43p
    • 原作:書籍
    • 発行:でじたる書房
    • 発行日:2007/4/30
    • データ形式:でじブック形式
    • おすすめ度:★★★★★

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