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北越女人戦記・第一部第四章「叛徒征伐」

著者 横山茂彦  よこやましげひこ

電子書籍:作品紹介
 女ながらも、越後府内長尾氏の武将として栃尾に居城を与えられた長尾景虎(虎姫)は越後国人衆の叛乱に対し、本庄実乃ら古志長尾氏家臣団の後ろ盾を得て武勇をしめす。

 戦国最強の武将とされる上杉謙信はその生涯において妻帯せず、古くから謎の多い人物とされてきた。とくに八切止夫氏の労作によって女性説が広く知られる。

 本編は八切説の検証と数年におよぶ一次史料の精査をもとに、従来の上杉謙信像をくつがえす女性武将としての真実にせまる。律儀な「義の聖将」とされてきた上杉謙信の実像は、江戸時代に捏造された軍記書を排し、直筆書状や上杉家文書を読み込むことでまったく別のものとなった。史料を知りたい方は本編の別巻として『上杉謙信女性説について』を併せて購読されたい。

 なお、本編は二千枚超の大河小説につき、各巻の章ごとに各300円で提供しています。

【総目次】

第一部 「甲冑の美少女」       (長尾虎千代の巻)全5章
第二部 「疾風怒濤編」         (長尾景虎の巻) 全6章
第三部 「川中島永禄四年」      (上杉政虎の巻) 全5章
第四部 「関東三国志」         (上杉輝虎の巻) 未定
第五部 「軍神編」            (上杉謙信の巻) 未定
別 巻 「上杉謙信女性説について」 (論文)


■著者紹介
他の筆名で著書に『美人捜査官』シリーズ(二見書房)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『池波正太郎が愛した宿』(夏目書房)など多数。

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  • 抜粋

    (跋文)

     半刻ほどで、吉江景資が物見からもどってきた。

    「黒田勢、見附方面に撤退しております。近在の百姓家に押し入り、兵糧を物色する有り様!」

    「やはり来たか……」

    と、景虎は木陰に設えた仮本陣から飛び出した。

    「して、藤景殿は?」

    「城門の中に構えておりました。小四郎殿が入城してわれらの位置を知らせましたので、すぐにも出馬されましょう」

    「それでよし! 景資はそのままの格好で、先駆けして敵の位置を知らせよ。この青竹で示せ」

    「はっ!」

    「実乃殿、すぐにも出馬じゃ! 侍大将を集めよ!」

     諸将が集まると、景虎は彼らに円陣を組ませた。絵地図を地面に敷きつめ、朱墨で敵の行軍路を示す。

    「このあたり、見附の西に水場があります。おそらく敵は昼餉のために、この窪地で兵馬を休めるはず。旗指物を下ろしたまま近づき、吉江景資の青竹の合図とともに実乃殿を先頭に押し出します。長く伸びた敵の脇腹を突いて、一気に分断するべし! さすれば、敵は頭をうしなった蛇です」

     円陣が解けると、本庄実乃の一隊が先頭になって雑木林の中を進んだ。

     秋の日差しが乾いた陰影をつくり、草原の照り返しがまぶしい。真昼の静寂の中に、素懸縅の軽やかな音だけが小さく響いた。

     雑木林がとぎれる場所で、実乃が馬をとめた。軍配で合図をしている様子だ。景虎は本隊から離れ、走って実乃の隊に合流した。

    「見えたか?」

    「あれに……、炊煙が」

     野に伏せている吉江景資が、ゆっくりと青竹を招くように動かしている。

    「うむ、見えたぞ……。やはり休んでおるな」

    「距離は三町半ほどですが、一気に押し出しまするか? 林の中に兵を溜めてから押し出すのが有利と思われまする」

    「そうしよう。兵馬を前方に集めると伝えよ、弓を持っておる者たちはこっちに並びなさい」

     即決した景虎は、鎧兜の紐を締めなおして弓を手にした。

    「実乃はここに残りなさい。この弓で、われらが突撃とともに一斉に射かけよ」

    「なんと……、それがしは先鋒大将にござりますぞ」

    と、実乃が驚いて弓を固辞する。

    「兵馬の突撃と矢が一体にならねば、多勢の敵を破ることはできません。命令じゃ」

     軍勢が整うのを見ると、景虎は鐙を蹴った。

    「それっ!」

     小さな掛け声とともに、兵馬が斜面を下りはじめる。全軍が雑木林を出たところで、景虎が甲高い声で叫んだ。

    「それーっ! 一気に押し出せぇ!!」

     木立の中に休んでいる黒田勢が慌ただしく動きはじめ、馬上の景虎からはそれが歪むように見えた。

     風を切る音がつたわり、後方からの矢が兜を掠めるように飛来する。陣形を構えようとした黒田勢は、すぐに算を乱したのだった。

    「黒田秀忠はいずこじゃ!? 長尾景虎、これに見参ーっ!!」

     単騎で敵に殴り込む景虎に、兵たちが血相を変えてつづく。奇襲に指揮系統を乱された黒田勢は、四方に兵を散らして潰走したのだった。

    「平六殿はいずこ!? もはや逃げたかぁ!?」

    と、なおも敵の本隊を追撃する。

    「散った兵を追いかける必要なし!! 敵の本隊は西じゃ」

     景虎は傾きかけた陽光を仰いだ。

    「続けぇ!! 黒田秀忠の首、討ちもらすな」

    「御大将! いったん、兵馬をまとめるべし。もはや、黒田勢は散り散りにござる」

    と、金津新兵衛が景虎を押しとどめた。

    「どけっ、新兵衛!」

    などと、景虎が手綱をさばくところを弥太郎が組み付いた。

    「ここまでです、御大将。散らした敵兵の沙汰、あるべし! いったん、敵兵たちを降伏させるが肝要。もはや勝ち戦にござる」

    「むぅ……」

     やむなく、景虎は馬首をひるがえすのだった。

     見ると、本庄実乃が走りながら叫んでいる。

    「もはや合戦は終わりぞ! 黒田の残兵たちはわが軍門に下るべし、降伏した者には兵糧を与える。昼餉はまだなのであろう!? いざ、軍門に下るべし!」

     敵の残兵を収容した栃尾勢は、押っ取り刀で駆けつけてきた長尾藤景の下田勢と合流した。

    「勝鬨を上げましょう、御大将」

    と、景資と弥太郎が急かした。

    「うむ、でも声が枯れておるのじゃ……」

    「さあっ! それがしが太刀持ちを。者ども、勝ち戦の鬨の声じゃ」

    と、弥太郎が畏まっている。

     景虎は慌ただしく軍配を取り出した。

    「……。えい、えいっ!」

    「おう、おう!!」

     あまりにもタイミングが悪かったので、新兵衛が景虎にうながした。

    「景虎様、もう一度っ。もそっと大きな声で!」

     景虎は慌てて軍配を握りしめた。

    「うむ……。それ、もう一度じゃ! えいっ!! えい!!」

    「おおっ!! おう!!」

    などと、ようやく体裁を取り繕ったのだった。

    「戦の兵術よりも、勝鬨の声を練習しなければなりませぬなぁ。景虎殿は」

    と、長尾藤景がわらった。

     その日のうちに、黒滝城に帰参しようとした黒田秀忠は、安田長秀の軍勢に囲まれて捕縛された。黒滝城は古志長尾氏の支配するところとなり、黒田秀忠は春日山城に身柄を送られたのだった。

     この一戦で、長尾景虎の武勇は越後一国は言うまでもなく、関東甲信方面や奥羽にまで鳴り響いた。越後の府内長尾家に、一国の乱をおさめた若き俊英が現れるの噂である。毘沙門天の生まれ変わりを任ずる神がかりの猛者とも、吉祥天のごとき柔和な美少女とも噂され、噂は勝手に独り歩きするばかりであった。


    (跋文)

     栃尾城にもどったある日のこと、午睡を終えた景虎は美しい笛の音を耳にした。

     みずから琵琶弾奏を嗜み、歌舞音曲に心を癒すことの多い彼女は、誘われるように縁側に歩み出ていた。抜けるように高い天空がおだやかな光をふりまく、晩秋の昼下がりである。

     なんと風雅の趣ある笛よ……。景虎は思わず縁側から背を伸べてみた。

    「誰かある! あの笛の音は?」

     いつも近侍している小島弥太郎らの姿は見えなかった。笛の音は山裾のほうからだろうか、遠く響いてくるような音色である。

     その音色に興味を惹かれた景虎は厩におもむくと、手ずから馬を引き出して騎乗した。遠くからの笛の音は複数の音色に変わり、あたかも彼女を招くがごとくに近づいては遠ざかるのだった。

    「はいっ!!」

    「いずくに行かれます、郡司様。お供衆は……?」

     大手門に馬を駆けさせると、景虎は追いすがる城兵たちを制して城門を飛び出した。

    「遠乗りじゃ、供はいらぬ!」

    と、景虎は勢いよく城門をあとにした。

     山裾にまわり、馬を止めて耳を澄ましてみる。栃尾城裏手の鋸山から南に向かう街道が俯瞰できる場所だった。馬上に背を伸ばすと、わずかに行列の最後尾が見えた。

     ちょうど南からの風に乗って、澄んだ音色が間近に感じられる。景虎は空を舞うように馬を疾駆させていた。

     追いついてみると、思ったよりも大人数の行列である。荷駄の者たちは景虎に気づいても、知らぬふうに私語している様子だ。景虎はいななく馬を操りながら、行列の者たちを問いただしてみた。

    「この行列の者ども、待て、待てっ! いずれの者にやあらん!? 関所の横目(役人)からは何も報告がないぞ」

     いくら誰何してみても、行列の者たちはまるで幻のような風情で、景虎に返答しようとはしないのだった。

    「商人頭は誰じゃ? 行列の長(おさ)は名乗り出よ!」

    などと糾問しても、糠にクギの反応である。景虎はやむなく行列の中ほどまで馬を駆けてみた。

     これは、嫁入り行列……? 大きな荷駄の列に隠れるかのように、行列の中ほどには花嫁の騎馬があったのだ。

    「この嫁入り行列、どこから来たのか!? どこまで行くのです?」

     ややあって、年輩の武士が口を開いた。

    「われらは越後府内からの者。これより上田へ参るところじゃ」

    「府内からじゃと!? 上田へ?」

     景虎は意外な返答に驚いた。

    「府内からであれば、来た方角がおかしいではないか。上田の誰のもとに参るのです!? あの嫁御はいずくの姫ですか?」

     景虎が立ちはだかろうとすると、年輩の武士は面倒くさそうに返した。

    「上田様の御召じゃ。これなる姫君様、上田は坂戸城の長尾政景様が側室として召されたのじゃ」

    「政景殿の側室……?」

     景虎は思わず顔色を変えて下馬すると、年輩の武士に詰め寄っていた。武士の従者たちを押し退けながら問い糾だす。

    「政景の御台所はわが姉上、側室のことなど私は聞かされておらん。さては、政景殿は勝手な婚儀で国人衆を味方に付ける所存か!? 聞き捨てならぬぞ、どこの姫御じゃ」

    「この婚儀の次第、御上の思し召しでもある。上杉定実様の御下命なり!」

    「定実様の? では訊く。わが兄上様、府内の御屋形様の御意向は如何に?」

     腰の太刀に手をかけながら、景虎は馬上の花嫁を凝視した。そのまま景虎は、花嫁の顔を覆っている白布に手をかけていた。

    「待たれよ、狼藉はゆるさぬ!」

    「どけえっ!」

     花嫁の顔と髪を覆っている白布をはぎ取り、景虎は警護の兵たちと揉み合いになったのだった。

    「こ、この者は……!?」

     そこで景虎は目覚めていた。たったいま眼前にあった花嫁行列は、午睡のつづきの夢だったのである。

    「いかがされましたか? 御大将」

    と、弥太郎が廊下から声をかけた。

    「な、何でもない……」


    書籍データ

    • ページ数:38p
    • 原作:書籍
    • 発行:でじたる書房
    • 発行日:2007/6/17
    • データ形式:でじブック形式
    • おすすめ度:★★★★★

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